触れることは自分への愛

20歳ぐらいからずっと受けている
コンテンポラリーダンサーの先生の講義。
もちろんダンスクラスも受けてはいたのですが、
今も続いているのは、ヨガ哲学をベースにした
先生のこころの講義。
人生のさまざまなフェーズがある中ずっと
親友と受け続けていて、
さまざまな出来事がある中でどう生きるか。
どう生きたいか、学んでいます。
昨日受講した講義で、
『身体の中心軸から触れること。(ダンスだと一歩動くこと)は愛。自分への愛がないと
人へ触れた時に伝わらない。
だから、ミサ、まずはなによりも自分。
自分へ愛を。
触れるということは自分への愛だね。』
と先生がおっしゃっていました。
からだの中心軸から触れること。
最近より大切にしていた、からだの中心。
やっぱりセラピーもダンスも
全て一緒。
【アヴィヤンガは愛情を持つ手】
という語源の意味の理解が
更にしっくり来ました。
愛はエゴと紙一重。
愛というと分かりづらい場合もあるから
【丁寧】がしっくりくるね。と
おっしゃっていて…
それも腑に落ちる。
ひとつひとつ丁寧な所作って
品がありますよね。
LINEひとつとっても、
丁寧に紡がれていただいた言葉は
伝わる。
簡単便利なものたちも
もう一度見直してみようと思いました。
昔、先生の振り付けの作品を踊る機会があって、
手を出すこと、
一歩足を出すことひとつひとつ
それはそれは拘った。
側からみたら、何が違うのか?わからないかもしれないけれど
今ならその違いが分かるし、
体現もできる気がする。
中心軸から力みなく自身のエゴではない手を出すこと。
全てトリートメントと繋がっているではないか
歩んできた道はすべて無駄じゃなかったし、
人生を豊かにしてくれることばかりだなぁと
感謝と自信が溢れました。